クレイ・トムソン物語

 このようにカイロプラクティックの発展に尽くしたクレイの唯一の楽しみは、釣りであった。

ある日、Dr. マートン・ガンステッドに南米のアマゾンに釣りに行こうと誘われたので、行くことになった。南米まで飛行機で行き、そこから小型飛行機に乗り換えて、やっとアマゾンの釣り場にたどり着いた。

釣り場の近くにある原住民の村を見学に行こうということになり、クレイとマートン、それに2人の医師と通訳や道案内の数人で原住民の村へ行った。

 村ではウィッチドクターが一生懸命にお祈りのようなことをしていた。

案内人は、この村の村長が病気でひどい頭痛と腹痛に悩まされている、誰か治せる者はいないかと言ってきたので、医師でなくカイロプラクターのクレイにその役目が回ってきた。

クレイは村長の頚を触診すると、頚椎2番が右の方に出っ張っていたので、その部位を古いやり方のロータリーブレイクで矯正した。大きな音がしてしばらくすると村長は頭痛と腹痛がとれたと言って大変喜んでくれた。

 クレイ達一行は、もし村長が良くならなかったならば、この村から出ることが出来ないかもしれないと不安でいっぱいだったので、良くなったことで皆安心した。

1年後に同じ村に訪れると案内人は、実は村長はボコタの病院で癌と診断されていたが、クレイの矯正後に体調が良くなって元気になったと話した。村長はクレイが来たことを知り、もう一度矯正を受けたいと言っていると、伝令が来たのでクレイは村長を治療することになった。村長は喜んで家族と一緒に写真を撮ることを許してくれた。当時アマゾンの原住民と写真を撮ることなど、通常では考えられないことだった。

 クレイほど人間味にあふれ、アイデアに富んだカイロプラクターに著者は出会ったことがない。

B. J. 哲学を最後まで守り通した、偉大なる哲学を持ったカイロプラクターである。

塩川満章 D.C.

塩川満章 2001 『トムソン ターミナルポイントテーブル アジャスティング テクニック 基本と応用』 ルネッサンス・ジャパン 111-117

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トムソンテーブル

トムソンテーブルとは?

トムソン ターミナルポイントテーブル

1950年代にクレイ トムソンによって開発されたベット形のテーブルで、最小の力で安全に矯正ができるよう開発されたもので、そのテクニックを「トムソン テクニック」と呼ばれています。

開発から長年改良を重ね、現在もトムソン テクニックとともに、多くのカイロプラクティックに採用されています。

日本に初めて導入されたのは、塩川満章D.C.によってトムソン テクニックとともに導入されたといわれ、いかなる年齢層の方にも安全に患者をいためることなく矯正するためには、なくてはならないものとなっています。

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